【雑文】電子マネーの怖さ
破綻に瀕している国家財政に先んじて、窮迫の度を深める我が家の財布。
今年のお年玉は「するめ」です。
通販で、10枚入り1050円というのを見つけ、一人一袋あてがってやりました。
スナック菓子も好きですが、スルメだ昆布だといった、駄菓子屋系のおやつがことのほか好きな豚児たち、大喜び。
いまもチビチビちぎっては、ストーブで焼いて味わっています。
こちらもちょっと「年貢」としていただき、しがみながら酒をなめています。
現金のお年玉は、祖父と祖母から2000円ずつ、贈られてきました。
驚いたことに、電子マネーに入れると言います。
理由を聞くと、お金をじゃらじゃら持っているより、カードで払った方が格好いいからだそうです。
教えたつもりはないのですが、最近の子どもは情報が早いですね。
正直言って、困りものです。
現実のマネーの触感が薄れるからです。
金に秘められたいかがわしさや頼りがいといった肌で感じる感覚が育たないのではないかと思うからです。
お年玉をもらったなら、小銭を握りしめて駄菓子屋だのコンビニだのに行き、ほしいものと残高を計算し、汗がにじんだ硬貨で買う。
この原体験こそが、後年大人になったときに、健全な消費者を作ると思っています。
カードでピッ、はスマートに見えるかもしれませんが、お金を扱っている実感が全くありません。
数字のやりとりだけに終わってしまいます。
それに、暗算能力も身につかない。
(さては、いつまでたっても九九を覚えないのはこのためだったのか)
違うと信じたいのですが。
ぼやいていたら、家人もなんと、いつの間にかエディを持っていることがわかりました。
しかも、生まれてからこっち、100万円の札束を触ったことがないといいます。
これは、ゆゆしき事態です。
動員令をかけました。
近日中に、一族あげて、日本銀行大阪支店に行きます。
なぜか。
1億円の札束(ニセ)を実際に持ち上げる体験ができるからです。
その後で、桜ノ宮の造幣局博物館に行けば、お金のイロハ、ばっちり。
福沢諭吉が刷られている紙切れ一枚が、1~2日働いて得られる金。
この一枚を得るために、しんどい思いをしながら大人は働いている。
時には、命のやりとりになる。
そして、この紙のおかげで、自分たちの衣食住がまかなえている。
子どもたちにそのことを、理屈抜きで、体に覚え込ませてほしいのです。
現実のマネーに染みこんだ人の汗や涙を知らない彼らが、仮想現実の電子マネーを使うのは100年早い。
消費者教育の原点は、やはり幼い頃のジャラ銭にあると思うきょうこのごろです。
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コメント
あけまして おめでとうさんです
為替が始まりました・・今年もガンバしたいと思うのですが 思うように入金できずぼちぼちと行きます
電子マネーですね・・為替の利益や損益の数字もある意味電子マネーと感じますが・・出金して初めて嬉しさを実感!・・しかし昨年は取られっ放しだからね~(笑)
今年も 宜しくです
投稿: binboupapa | 2010年1月 4日 (月) 06時00分
ぱぱさんへ
今年もよろしくお願いします。
仕事で新年早々、激動の予感です。
ゆっくり手がけることができないかもしれませんが、のんびり見守ってやってください。
投稿: 凛々坊 | 2010年1月 5日 (火) 04時39分