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2009年5月21日 (木)

【雑文】裁判員辞退はもったいない

 「被告を死刑だの監獄に送り込むだのという仕事はしたくない」

 そう主張して、きょうから制度が始まった裁判員の候補者が、会見で辞退を宣言したそうです。

 しかし、それは刑事司法に直接参加し、公正さを市民が正す機会を自分から放棄しているのと同じことだと思います。

 そもそも、日本の刑事裁判の有罪率は97%。
 必罰主義が横行しています。

 しかも、取調べは極めて非民主的。
 弁護士の立会いも許されないなか、警察・検察による怒号と誹謗中傷の嵐にさらされ、時には暴力も振るわれ、自白を迫られます。
 さらに、代用監獄制度は、国連人権委員会がクレームをつけるほど、悪名がとどろいています。

 本来、捜査機関は証拠を集めるのが仕事ですから、自白の強要などあってはならないはずなのですが、人員不足と省力化(つまり手抜き)のため、自白さえ取れれば捜査官の点数稼ぎになるのが実情です。

 また、任意捜査とは言いつつ、実態として強制なのはご存じの通り。

 そんななか、一般人がどれだけ自分の意志を貫いて耐え切る
ことができるというのか。

 だから、鹿児島の選挙違反や、富山の強姦といったでっちあ
げがまかり通っているわけです。

 私はまだ残念ながら候補の知らせが来ていませんが、ぜひや
ってみたいと思っています。

 討議の席で、日本の刑事司法手続きの実態が、いかに刑事訴
訟法・警察官職務執行法といった関連法規を無視した示威的か
つ強圧的なものになっているかということを訴えたいと思いま
す。

 取り調べの過程がすべて公開され、かつ、弁護士の立会いが許されない限り、私なら、警察・検察の誘導尋問あるいは強要の疑いがあるとして、あらゆる被告に無罪を言い渡すでしょう。

 もしも同様の考えをする裁判員が増え、無罪率が上がるとしたら、その非は捜査機関側にあります。

 さらに、マスコミ報道も問題です。

 裁判員は証拠のみに基づいて、量刑を判断するとされていま
すが、家に帰ればテレビも見れば新聞も読みます。
 マスコミは「容疑者」という呼称を免罪符にして、逮捕され
たらイコール犯罪者のように報道しますが、これで予断を持たないといえるんでしょうか。
 
 私なら「報道で有罪の予断を得たから、公平な判断はできない」と主張します。
 それはあんた一人だけと言われたら、ほかの裁判員が予断を
得ていないか、客観的な否定証拠を出せといいます。

 そのくらい、いまのマスコミの犯罪報道には問題があります。

 しかも、ほとんどが捜査機関からのリーク垂れ流し。圧倒的
な情報量を持つ捜査機関に依存することで、結局は捜査官と視点が一体
化し、犯罪者のイメージを醸成する一役を担っています。

 もっとも、商業ジャーナリズムの本質として、面白けりゃいいと、意図的にそうしているのかもしれませんが。

 だいたい、逮捕逮捕と大騒ぎしすぎです。
 法律上は、逮捕は「逃亡・証拠隠滅の恐れがある場合、捜査
機関が身柄を拘束すること」で、単なる司法手続きのひとつに
過ぎません。

 しかし、一般の感覚からすると「逮捕=犯罪者」と受け止めがちです。

 だからこそ、マスコミには、逮捕の持つ意味合いを踏まえた冷静な報道をしてほしいのに、現実は前述の通り。

 しかも、逮捕状を請求して、却下されることはめったにありません。
 本来中立のはずの裁判所が、警察・検察と結託していると思えるほどです。
 
 強権的なシステムを温存している日本の司法制度には、これ
まで有効なカウンターパワーがないことが問題でした。

 都道府県の公安委員会も名誉職のようなもので、警察の抑え
にはなりません。検察をも含む捜査機関の横暴に制裁を加える
組織はなく、公務員個人の職権乱用や陵虐を訴えても、「付審
判」として裁判所が審理を開始するのは極めてまれです。

 捜査機関に対するオンブズマン的な監視組織がない以上、八
方塞のいま、裁判員に代役を期待するしかありません。

 正しい量刑を判断するのが裁判員の役目だとしたら、有罪と
同様に無罪の評決を出すことも、可能なはずです。

 冤罪、あるいは強圧的な取調べで泣いている市民の権利を守
り、名誉回復を図るため、裁判員はしっかり働いてほしいと思
います。

 さもないと、松本サリンの河野さん、あんな人がいくら生ま
れることやら、わかりません。

 政治家に対しては、われわれ市民は選挙という監視手段があ
るのに、司法にはないなんて、おかしいと思いませんか?

 公権力の監視と粛正は、納税者としての義務。
 「死刑を言い渡すのは良心の自由に反する」という意見もあ
るようですが、私に言わせれば、その自由はあくまで個人に適
用されるもの。「裁判員」という職には認められないと思いま
す。

 いかなる刑を言い渡そうが、それはナントカさんがいうので
はなく、日本国裁判員が言っているに過ぎません。

 憲法で厳格に規定されている宗教分離を、「私人の立場で参
拝した」と言ってのけるどこかの国のトップと、真逆と思えば
いいんじゃないでしょうか。
 あんまり深く考える必要はないと思います。

 紆余曲折あると思いますが、制度の定着を心から願います。

コネタマ参加中: 裁判員、やりたい?やりたくない?

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コメント

凛々坊さん こんにちは・・

ほんとだ!・・もったいないよ パパさんもクジが当たったら引き受けますよ・・

なんやかんやと難しい専門用語を一つでも普通の誰にでも分る言葉にしてやりたと思いますがね~・・
義務教育終了で充分解る判決文だよ!
パパさんは こちらにエネルギーを使っちゃうからダメか?(笑)

投稿: binboupapa | 2009年5月23日 (土) 12時45分

ぱぱさんへ

 そうなんです。難しい法律用語にことごとくチェック入れて書き直させてやるだけでも、存在意義があると思います。
 もうお上お任せの時代じゃないでしょう。

 幻想伏魔殿のような司法機関を、日の当たる場所に引きずり出せるのは、裁判員制度しかないと思っています。
 当たらないかな。

投稿: 凜々坊 | 2009年5月23日 (土) 16時11分

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